梅花流詠讃歌【梅花照星に似たり】㉑
年々暑くなる夏の気温ですが、同時に暑い期間も長引く傾向にあります。「冷やし中華」が最終日と聞くと夏の終わりを感じる人もいるようですが、やはりもうしばらく残暑は続きそうですね。
それでも、お彼岸を迎える頃になれば、境内に彼岸花が顔を出します。彼岸花の開花条件には、最低気温が二十度前後まで下がることがあるそうです。近年の温暖化によりここ数年、地中から伸びてくる時期も少し遅れているのを感じます。
ブログで、「花が教えてくれた、生きる力」というエッセイを目にしました。著者のさくらいりょうこさんは、40年に亘る難病の闘病を経験し、「生きるとは何か」、「今をどう受け取るか」を問い続け、全国各地で講演活動を続けています。
エッセイの中で、
実家の庭に咲いた彼岸花について、なぜ、この花は、毎年かならずこの時期に咲くのだろうか。(中略)彼岸花は、まるで見えない時計のように「時」を刻み、「命の暦」を知らせてくれる存在。夏の終わりを告げるように、ある日突然、地面から姿を現し、一気に真紅の花を咲かせます。(中略)彼岸花を見て、改めて思いました。「誰かのためではなく、自分のために咲く」。それは自己中心的な生き方ではなく、命そのものを、誠実に生きるということ。この静かな気づきが、私の中に長く留まり続けています。
忘れずに咲く力と季節のめぐりがくれる気づきを、彼岸花が教えてくれたとさくらいさんは語っています。
私たちの生きる姿勢を詠う曲が梅花流にいくつかあります。「道心利行御和讃」は、自分自身の私心やとらわれを捨て、他を思う慈しみの心を実践しようという御和讃です。
生死流転の現世にも 心を澄まし爽やかに
今日の勤めを励みなば 菩提の月は宿るなり
あなたを信じ支えあい 希望を抱き進み行く
目まぐるしく移り変わる現代を生きる私たちは、自我に振り回されない澄んだ心を持ち、日々の勤めに精励してゆくことが大切です。そうすれば、こだわりやとらわれから解放され、落ち着いた心を保つことができると、三番の歌詞は詠います。
さくらいさんが彼岸花に見た、命を誠実に生きる生き方は、この御和讃が教える、身と心を調えて爽やかに生きる生き方と私には思えるのです。
静岡県官長寺 住職 大田哲山



