梅花流詠讃歌【梅花照星に似たり】㉒
「50年に一度の出会いがやってきます」
これは平成14年に行われた、大本山永平寺を開かれた道元禅師七百五十回大遠忌のキャッチコピーです。
もうすぐ、またこの難値難遇の出会いがやって来ます。
来る令和12年(2030)、永平寺二代目の住職である懐奘禅師の年忌「永平寺二祖懐奘禅師七百五十回大遠忌」を迎えます。
大遠忌とは、文字通り「大きな遠い年忌」という意味です。曹洞宗では、大本山永平寺を開かれた道元禅師と二代懐奘禅師、大本山總持寺を開かれた瑩山禅師と二代峨山禅師の四方を偲ぶ年忌を50年毎にお勤めし、それぞれの御遺徳を讃え、報恩感謝の思いを表します。 50年前の昭和55年(1980)、七百回大遠忌の時、私はちょうど駒澤大学に入学し竹友寮に入寮した年でした。2年生以上の先輩たちはお手伝いで永平寺に行き、私たち1年生は留守番だったため、当時はあまり大遠忌の詳細については知りませんでした。
しかしその後、進級したり、永平寺での修行生活を送る中で、懐奘禅師やその教え、著述の内容について理解を深めて行けたのではないかと思っています。
梅花流には、懐奘禅師七百回大遠忌を記念して制作された、大本山永平寺二祖懐奘禅師讃仰御和讃、御詠歌(永光)があります。
ときのうつりし今もなお 承陽殿の奥深く
ひたすら侍者位にましませる 永平懐奘二祖禅師
懐奘禅師は最期に臨んで、ご自身の遺骨は承陽殿という祖廟にある道元禅師の墓塔のすぐ後ろに埋葬するよう遺言されました。時が移り今日に至っても生前と変わらず侍者としてお仕えする懐奘禅師の尊いお姿がそこにはあります。
御和讃の歌詞は、師である道元禅師に寄せる弟子の懐奘禅師のひたすらな思いを詠っています。
私たちは再び訪れる懐奘禅師との50年に一度の出会いを通して、こうした弟子の師僧に対する真摯な心を学びたいものです。
懐奘禅師はきっと、あなたとの出会いを楽しみに待っておられることでしょう。
静岡県官長寺 住職 大田哲山



