【人権フォーラム】「福島」の不安を解消するために ―宗門寺院の皆さまへのお願い


福島県は、東日本大震災、東京電力福島第一原子力発電所事故により、現在も様々な困難を抱えています。このことについて、福島県第35番長秀院住職の渡辺祥文人権啓発相談員より寄稿いただきましたので、皆さまにお届けいたします。

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第一原発と除染作業の現在
東日本大震災、東京電力福島第一原子力発電所事故より7年、8年目に入ります。

東京電力福島第一原子力発電所では事故の収束に向けての作業が行われ、原子炉各機の周囲が整備されつつあります。それは1号機から4号機までの4基の原子炉の周囲を、廃炉作業のために整備したのであり、廃炉作業そのものに本格的に入っているわけではありません。7年経った今も、汚染水が増え続けていること、県内の除染作業が継続されていること、これが現実です。

一方、周辺地域の除染作業は確かに進展し、今では特に放射線量の高い場所や未実施の場所の除染作業が中心になっています。

浪江地区から望む第一原発。天候にもよるが、目視することができる距離に事故原発がある。

現在各地で重点的に行われていることは、除染物質の仮置場の造成と、定められた中間貯蔵施設への搬入です。事故当時から現在に至る福島の状況については、様々なメディアでも紹介されていますので、理解している方もいるとは思いますが、実際に当地に現地研修で訪れてくださった方以外には理解不能の部分があるかもしれません。

震災・原発事故の翌年には除染作業が開始されました。圧縮空気と水を利用し建物や屋根を洗い流す作業、そして地表の草木を刈り払い放射性物質の付着した地面を削る作業が、「除染作業」の中心です。特に地面については、降り注いだ放射性物質が付着してしまったものを削り取って、まとめて保管するということが唯一無二の復旧改善方法なのです。何がしかの化学物質を散布して放射能を無力化するというような方法は、現代の人類は持ち合わせていませんので、削り取るという作業を続けています。当地ではこれまで毎日その作業が行われ、現在も続いているのが現実です。

除染を行うと、汚染土や汚染された草木等が大量に発生します。本来ならば、その除染物質は直ちにしかるべきところに運び出し、地域住民の安全を確保しなければならないのですが、搬出するためには、中継の仮置場を確保しなければなりません。そのために長い議論と地元の調整を経て、中継の仮置場が各地に定められて造成中、または完成したばかりというのが現状です。また、「中間貯蔵施設」が原発近くに定められ、ようやく稼働し始めました。

仮置場に搬入するまでは、除染した放射性物質を各家庭や学校等の公共施設で保管せざるを得ませんでした。例えば、庭の隅、畑の角地等に穴を掘り、漏れ出さないように、また放射線を遮蔽するためにパッキングし、さらに埋土して仮置きしてきたのです。福島の各地を訪れると、各家庭にブルーまたはグリーンのシートで四角くパッキングされ覆われたものが目に付くのはそのためです。その各家庭等で仮保管してきた放射性物質がようやく搬出され始めました。各地の仮置場への搬出が可能となってきたからであり、また、中間貯蔵施設への搬出も同時並行的に開始されたからであります。ですから、福島県内では、その運搬のため、非常に多くのトラックが稼働しています。

除染のため、貸し出されていた長秀院の寺有地。袋に入れられた除染物質が山積みされていた。

最も困難な課題であろう溶け落ちた燃料体を取り出す方向で進められている廃炉作業は、報道でも知られているように、一号機から三号機の内部調査が行われています。ロボットカメラを入れ、溶け落ちた燃料の変化物(燃料デブリ)の状態を確認する作業です。しかし、人間が近づけば短時間で放射線障害を引き起こし死に至るような各機建屋内では、作業もままならず、ロボット作業も初めてのことばかりで、各機の炉心の様子が少しずつ確認され始めたばかりというのが実情のようです。それでも、現代科学の粋を結集して1日7000人程の人々が24時間体制で汚染水の処理から廃炉作業の準備まで行っていることは、全ての人々に忘れてほしくないことです。


 
風化させてはならない
東京オリンピックという希望や明るさを象徴する国家的な行事は、本当に素晴らしいことであります。被災地福島においても復興復旧を知らしめるために、野球等の競技が開催されます。全国民、全世界からの支援の一つであり、感謝の念も持っております。

ただ、東京電力福島第一原子力発電所事故の本質的な問題を風化させる、または思考停止へと導くツールになってもらっては困ります。福島で起こっていることは、国家と国策と国民の問題であって、きっかけは天災であっても人の作為がもたらした人災です。近隣にいたものが受けた生存や健康に関わる困難、そして差別やイジメ等、今後子孫が引き受けなければならない長い年月と負の遺産等、これらは忘れたり考えることを止めたりすることのできる問題ではありません。原発は世界中にあるのですから、人類的課題、世界的課題といっても過言ではありません。原発事故、そしてそこから生まれる人権侵害については、考え続けていかなければならないものなのです。

 

子どもたちへの差別とイジメ
平成28年、福島の被災当事者が一番恐れていた問題が顕在化しました。年末に報道された内容は被災当事者に衝撃を与えるものでした。それは、福島の子どもたちが避難先で差別を受けた、また、現在も受けているということです。
老若男女を問わず、被災当事者である私たちは、出かけた日本各地で「福島出身です」「福島在住です」と自己紹介するとき、ある種の緊張を感じます。
「どんな反応をされるだろう」
心配してくださる人、気遣いを見せてくださる人、驚く人、ある種の困惑を見せる人、一瞬身を引くような仕草を取る人、様々です。震災の日から時間が経ち、現在は少し淡くなったように感じますが、私たちには「自分たちがどのように受け入れられているか」ということが大きなこととなり、今も時間が止まったように感じているのです。

平成23年から平成24年の被災直後も、各地を巡ってお話をさせていただく機会が多くありました。やはり被災地から遠くなると実感は薄くなるものです。お話をさせていただくため、控室で待機しているときのことでした。

隣は聴衆の方々の控室で、皆和やかに談笑されていました。そのうち「今日のお話しをする人は福島の人だ。遠くてなかなか状況がわからないが大変だろう。」と話す声が聞こえてきました。すると「そうだなぁ、確かになぁ。ところで福島に住んでいるんだろう。」「そうだろうなぁ、福島に住んでいるんだろう。」「じゃあ、その人も放射性物質の一つだろう。」次の瞬間笑いが起こりました。「そうだなぁ、確かになぁ、放射性物質だ!!」

冗談であることは充分わかります。また、現代的な「ウケねらい」の発言であることもわかります。隣にまさか、講演者がいるとは思わなかったこともわかります。人は集団になると思わず本音が出たり、言わなくてもいいことや目立つことを言いたくなるという根本的な煩悩を持っていることも理解しているつもりです。
しかし、この冗談や笑いの中で、隣にいた原発事故被災当事者の私が暗澹たる気持ちになったことも事実でした。事故当時から福島に居続けましたので、事故原発から遠いところに住んでいる方々からは比較できないほど被曝しているでしょう。気を付けていても、吸気による放射性ヨウ素の被害は、完全には防げてはいなかったと思います。ただ、思いを巡らせてほしいのです。広範囲に放射性物質をばら撒いてしまう原発事故の渦中にあって、被曝しながらも多くの人がそれぞれの場所で復旧に当たっていました。また、大震災の罹災という中で何百万人も避難させることなど不可能であることも事実でした。皆が、原発事故によって引き起こされたとてつもない状況に放り出される中で、懸命に生きてきたのです。

70代から80代が中心の聴衆、いわゆる「大人」の方々でも、人生経験が豊富で物事の道理を理解できる人々でも、本音の部分でこのような発言になり、付和雷同してしまうということに、心が萎えてしまいました。
自主的に避難した人々、その後定住された人々、福島に戻ってきた人々、今も避難の仮設住宅に住んでいる人々、本当に様々なのですが、それは強制避難であれ自主避難であれ、原発事故が起きたことに起因しています。そこを理解していただきたいのです。
避難している人々への差別、心ない言葉、特に「お金でしょ。いっぱいもらっているんでしょ」という、実態を知らない思い込みはやめていただきたいのです。

 

宗門寺院からの啓発を全国へ
特に子どもたちへの差別は深刻です。最悪の場合、自死という命を奪うことにまで発展するものなのです。マスコミ報道によって顕在化した福島から避難している子どもたちへの差別は、その後全国各地から報告されるようになりました。それまではひたすら耐えていたのだと思います。子どもたちへの差別は主に子ども対子どもの形です。学校の場合は、そこに教師の無関心または放置、教育委員会等も重大事案であることの認識不足と放置等の問題が連動しています。

ただ、子ども対子どもの場合は、差別をする側の子どもは家庭内の親の言動、地域の中での言動が大きな原因の一つであろうと思います。差別される側にとっては、本当に酷いイジメです。小さな子どもたちがそのイジメの中におかれていることを理解していただき、全国の曹洞宗寺院から檀信徒の方々に伝達啓発いただきたいと心から願っています。福島から避難しているという状況は、子どもたちの責任ではありません。

当時福島にいた子どもたちは、放射性ヨウ素等の被曝の影響等を経過観察するため、一生検査を行っていきます。その数は38万人にものぼります。子どもたちはとても不安だと思います。私たち親も不安です。孫を思う祖父母の世代の人々も不安です。福島の「課題」は、当事者にとっての「不安」を解消することです。あのときから時間が止まったままと感じるのは、「不安」があるためです。風評と実害の正確な把握には時間が必要です。しかし、差別やイジメは直ちに対峙し、克服解消しなければなりません。

福島を忘れずに考えていただきたいと存じます。福島への差別やイジメを解消するには、全国の御寺院のお力が必要不可欠です。この大きな課題の克服のため、お力添えいただきますよう心からお願い申し上げます。

(人権擁護推進本部記)

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