迷える中年ライターが『修証義』を書き写してみた ~曹洞宗のお経を一般人が読むと?(第3章・第11節)~


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honbun初めて触れる『修証義しゅしょうぎ』の本文を読み、鉛筆を手に書き写し、また現代語訳を読む中で感じた事を率直に語っていきます。第11回は、第3章「受戒入位」の第11節について。

第11節「次には深く仏法僧ぶっぽうそう三宝を敬い奉るさんぼう うやま たてまつべし」

■ライターはこう思いました

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ライター 渡辺ロイさん

第3章の冒頭に当たるこの節はとても短く、まるで「ここ以降の序章」のような書かれ方をしています。
ここで言っているのは、「仏法僧」という仏教における三つの宝物を大事にしなさい、ということだけです。

仏法僧は「ぶっぽうそう」と読み、文字通り「仏」と「法(仏が説かれた教え)」、そして仏教に帰依し修行を続ける「僧」の3つのこと。つまりは、仏教をなす3つの要素、いわば仏教における元素のようなものですね。
それを、大事にしなさい、と説いています。

ここでライターがかなりグッときたのは、原文にある
「仏法僧の三宝を敬い奉るべし」
という部分を、以下のように読み下し、現代語訳しているところです。
「この三つの宝を深く敬い、常に心の支えとする必要があります」

うーん。かなり、素敵な気分になります。

なんでそういう気分になるかといえば、ちょっと面倒ですが簡単にご説明をすれば、ポイントは「奉る」という部分。これは、自動詞/他動詞とは解釈しません。

なぜなら、単独の動詞として解釈すると「差し上げる」とか「参上させる」とか「お乗りになる」とか、まったく別の意味になりますから。しかも、「敬い奉る」ですから、ここは「敬う」につく、謙譲の意味を含む補助動詞「申し上げる」でいいはずです。
つまり、「敬い奉るべし」などという言葉は、ともすればこんな訳にもなりうるはずです。「深く敬い申し上げるべきなのです」

仏と法はさておき、僧にまで「敬い申しあげろ!」と言われては、なんだか得心がいきません。
確かに、僧は尊敬できる先達であり、未熟な者を導くメンターであり、スカイウォーカーにおけるヨーダだといえるでしょう。大事な対象です。
でも、だからといって尊敬を義務化するのはなんか飲み込めませんよね。

しかし、現代語訳では僧も含め、三宝を「常に心の支えとしなさい」と言っています。

そうです。
懺悔に関連するあれこれも、自分の心をリセットするための契機でした。
どこまでいっても、自力で心の平安を求めなければ意味がないわけです。
だとすれば、仏教における三宝すらも、やはり「自分のため」にあるものだと認識しなければ、なんというか、せっかくのきちんとした覚悟がやわやわになってしまいます。
だってほら、僧という権威を尊敬するだけでいいのであれば、話は簡単ですから。

曹洞宗の説く、そして修証義の説く仏教については、こういう自助を促すような言説があちこちに見受けられて、それがとてもグッとくるのです。
くじけそうになったら、先輩を頼りなさい。でも、なるべく自分で頑張りなさいね。
そう言われている気がします。
だからこそ「そうですよね、そうですよね」と、定期的に襟を正そうという気持ちになれるのです。

ちなみに、ブッポウソウという言葉ですが、一般には鳥の名前として有名です。
胸元の緑、羽の青色が美しい、日本に古くから生息している鳥です。そして、その鳴き声が「ブッポウソウ」と聞こえることから、この名前がついたとされています。
しかし、実はこの鳴き声は、ブッポウソウのものではなかったのだとか。フクロウの仲間のコノハズクこそが、ブッポウソウという鳴き声の主だったのだそうです。
昭和の初期に確認されるまで、長い間誤解されていたのだとか。

常識とされてきたものを新たに解釈し、理解し直すことは、実に大事なことかもしれません。

 


■禅僧がライターへこう応えました

この第11節は、第三章「授戒入位」の冒頭に位置する、重要な一節であります。仏教におきましては、この三宝に対する帰依は、初めて、仏教徒になることが許される最も重要な要件とされます。『修証義』におきましては、この三宝に帰依することによって諸々の苦悩から解放されるだけでなく、この上ない菩提を成就することができるというその功徳が説かれます。
 
さて、ロイさんは当初、「仏と法はさておき、僧にまで「敬い申しあげろ!」と言われては、なんだか得心がいきません」と感じられたものの、最終的には「尊敬の義務化」ではなく「自助の促」しを感じ取られました。
 
確かに、「僧に帰依する」という表現を目にしますと、一人ひとりの「僧侶」に帰依する事と受け取りがちですが、本来、この三帰戒文における「僧」は、「僧侶」個々人だけでなく、さまざまな共同体の中でも、最も尊いものとしての、お釈迦様のお弟子としての生き方を選んだ僧侶達を中心とする共同体(「僧伽」、「和合」、「サンガ」)をも意味する言葉であります。(例えば、『正法眼蔵』「受戒」巻では「帰依僧伽衆中尊」とも表現されます。)
 
つまり、「深く仏法僧の三宝を敬い奉るべし」という言葉によって私たちが問われているのは、私たち自身が自ら、お釈迦様を慕い、その御教えに遵い、そのお弟子としての生き方を主体的に選択し、自らの生き様と出来るのか?ということに本旨があるのです。
 
その具体的生き方の指針は、『修証義』では第四章、第五章に至るまで詳述されていくことになりますが、そうした生き方を、ともに歩む存在が、勝れたる友(「勝友」)としての「僧」となるのです。

 

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