迷える中年ライターが『修証義』を書き写してみた ~曹洞宗のお経を一般人が読むと?(第4章・第22節)~


bnr_shu01

初めて触れる『修証義しゅしょうぎ』の本文を読み、鉛筆を手に書き写し、また現代語訳を読む中で感じた事を率直に語っていきます。第22回は、第4章「発願利生」の第22節について。

honbun第22節 「愛語能く廻天あいごよ  かいてんちからあることをがくすべきなり」

■ライターはこう思いました

img02_f

ライター 渡辺ロイさん

「修証義」の中で語られる「気持ち良く生きるための4つの定理」(前回の禅僧からのお返事のフレーズを拝借)の2つめ、「愛語」について書かれているのが、この節です。
愛語とは、愛情豊かな言葉ですべての人たちに語りかけること、そしてその言葉が生まれてくる根底には、慈悲・慈愛があることを前提としています。

愛語という聞きなれないフレーズですが、内容的には「さもありなん!いいこと言うなあ」と納得できるのではないでしょうか。
ただ今節の話、筆者である迷える中年ライターにとって、とても身近に感じる話なのです。多くの人たちに比べても納得する度合いが深いのではないかな、と。

ライターという仕事は、特殊な仕事だといえます。
好きなことを書いてお金をいただいている、と誤解される方も多いでしょう。でも実は、自分の興味のあること、自分が好きで好きでしょうがないジャンル・事柄のことだけを書いて生活していける人は、ほんの一握りです。
では興味もなにも湧かない事柄を書くのがプロなのかというと、それも違います。
「今度これこれこういうことを記事にしてほしい」というようなオファーがあった時、ほんの少しでもピンときたならば、そのテーマを、インタビュー対象を積極的に「好きになりに行く」という気持ちが大事なのです。

人というものは、自分に好意を寄せてくれる人のことを好きになります。
心理学的には「返報性」と呼ばれる心の動きの法則ですが、そんな小難しい言い回しをしなくても、単に「好かれれば好きになる」ということです。
実はこういう簡単な事柄が、ライターとしてのコツだったりします。
こちらが先に好きになる。
そうすれば、相手のことをより知りたいという欲が生まれて、それが相手に伝わります。
相手は自然と胸を開いてくれることとなり、他のライターには話さないようなことまでも話してくれます。
この「好き」のやりとりが、今節の「愛語」の仕組みととても似ている、そう感じました。

慈愛の心を持って言葉を発すれば、それは必ず相手に伝わります。
逆に言えば、相手を動かすためには、心から慈愛が湧き出さなくてはいけませんし、明言化しなくてはいけないということです。
慈愛に満ちた「言葉」だけが人々を救うのではなく、まずは自分の中にそういう気持ち、心根を育てることで愛語は生まれ、結果的に相手に伝わる。
それが世界を巡って、慈愛の気持ちが満ち溢あふれて、一切衆生が救われることとなる。

言葉に出すことから逆算して、まずはこっちが勝手に(勝手にというのも乱暴ですが)慈愛の心を育てる。それが大事なことなのだ。
私は今節をそんなふうに読んだのでした。

 

■禅僧がライターへこう応えました
ロイさんの、ライターというお立場からの、「返報性」と呼ばれる心の動きを軸とした「愛語」の解釈は、非常に興味深く拝見いたしました。特に、「まずは自分の中にそういう気持ち、心根を育てることで愛語は生まれ、結果的に相手に伝わる」という部分は、非常に大切な事であると思います。

では、どの様な「気持ち、心根を育てること」が重要かについては、『修証義』では、第一に「慈念衆生猶如赤子の懐いを貯えて言語するは愛語なり」と説かれます。

この「慈念衆生、猶如赤子」という言葉は、「衆生を慈念すること、猶お、赤子の如し」と読み、「生きとし生けるものを慈しみ想うことさまは、あたかも(父や母が)赤ん坊を(愛するように、わが身を顧みずに他の者に純一に奉仕する)ようなものである」という意味です。つまり、私たちは、親が子に注ぐ愛情のように、人びとに対して、慈悲の心を懐くべきであることを説く言葉です。

また、お釈迦さまが出家を志された機縁として有名な「四門出遊」という説話が御座いますが、若き日のお釈迦さまは、病人や、老人などを目にした際に、その方々の苦悩を他人事として見過ごすことは出来ず、自らの身の上にも起こることとして真摯に受けとめ、そして、向き合おうとした事が、出家を決意させる要因となったとされます。

私たちは、普段、私たちが目にし、接する人びとに対して、その方々の苦悩を、我が身の事のように受け止めたり、ましてや、第三者である他人を、自らの赤ん坊であると思いなして向き合い、言葉をかけることは容易なことではありません。

しかし、これまで普段、何気なく、言葉を発し会話していた自分自身を省みて、少しづつでも、「慈念衆生猶如赤子の懐いを貯えて言語する」事が出来るように、意識を改め、高めていくことが、大切なのであり、幸せに、「気持ちよく生きる」ことにつながっていくのではないでしょうか?

 

~ 「迷える中年ライターが『修証義』を書き写してみた」バックナンバー ~

『修証義』についての詳しい説明はこちら


『えんぴつで般若心経』

20151208曹洞宗宗務庁が監修し、ポプラ社より刊行されました『えんぴつで般若心経』が、曹洞宗ブックセンターで購入できるようになりました。

収録されるお経は、般若心経をはじめ、『修証義』を全章掲載。さらには僧侶が日々の修行で使用する偈文などを網羅。えんぴつでひと文字ひと文字、丁寧になぞることで、様ざまな典籍に親しむ、ポプラ社のなぞり本シリーズは、累計で150万部のベストセラーとなっています。正しい智慧の実践をとく禅の教えを丁寧になぞりながら、写経のこころを味わえます。

『えんぴつで般若心経』
大迫閑歩/書、曹洞宗宗務庁/監修、ポプラ社/発行
B5判並製 182ページ  定価:1,000円(税別)


【曹洞宗ブックセンター】
 フリーダイヤル:0120-498-971 / FAX受付:03-3768-3561 (24時間受付)
 受付時間:午前9時~午後5時   休日:土・日ならびに祝日年末年始
 各書店でもお買い求めいただけます。