【人権フォーラム】【連載】寺院における情報管理と人権意識
寺院には、配慮が必要な個人情報が自然とあつまります。
第1回では、寺院に集まる情報が、個人の尊厳や人権に深く関わることを確認しました。今回は、過去帳など亡くなった方に関する情報を取り上げます。故人の情報であっても、遺族や子孫の人権、差別の問題につながることがあります。
今回も雨宮弁護士とともに、寺院に携わる私たちが、どのような視点を大切にすべきかを考えて行きましょう。
第2回 寺院における情報管理について(過去帳)
弁護士 雨宮真歩
前回は、寺院には檀信徒名簿、相談の内容、行事の写真、法要で聞いた話など、さまざまな情報が集まることを確認しました。早速、お手元にある情報について確認し、情報管理意識を高めてくださった方も居られるかと存じます。今回は、亡くなった方(死者)に関する情報について考え、基本的人権に思いを巡らせてみましょう。
個人情報保護法上の取り扱いについて
法律では、「個人情報」を「生存する個人に関する情報」に限定しています(注1)。つまり、死者に関する情報は法律上の「個人情報」には当たらないのが基本です。ただし、死者に関する情報が、同時に生存する遺族などに関する情報である場合には、その遺族などに関する「個人情報」となることがあります。
もっとも、法律上はその判断基準は明らかではありません。例えば、最近家族を亡くした遺族にとって、故人の思い出を含む情報は「鮮度」も「精度」も高く、「情報のいのち」は失われていないでしょう。また、死者に関する情報は、相続や税務で使用するので、遺族にとって必要不可欠な大切な情報であることは間違いありません。しかし、誰もが誰かとご縁があるのであれば、死者に関する情報は、常に生存する個人と関連があると言えてしまいます。
そうすると、今度は法が保護するべき情報を「生存する個人」に関する情報に限定する意味が損なわれます。個人情報保護法は、個人情報の有用性に配慮しながら個人の権利や利益を守ることを目的とする法律ですので、その目的に照らして、死者に関する情報の取り扱いを考える必要があります。
この点、遺族が自筆証書遺言の真正を確認するために、銀行に対し、故人が銀行に提出していた印鑑届書の写しの開示請求をした事案について、死者(被相続人)の相続財産についての情報は、被相続人の生前は「個人に関する情報」に当たるものでも、そのことから直ちにその情報が当該相続財産を取得した相続人等に関するものとして個人情報にあたるということはできないとした判例があります(注2)。
また、中学生の子を自殺によって失った父親が、市の個人情報保護条例に基づいて、子の死について通学先であった中学校が生徒に書かせた作文の開示を求めた事案について、親権者であった者が死亡した未成年の子どもの個人情報の開示を求める場合については、社会通念上、この子どもに関する個人情報を請求者自身の個人情報と同視し得る余地があるとする裁判例もあります(注3)。
これらを含めたいくつかの裁判例をみると、法律の世界では、死者の情報も一定の範囲で保護されるべきであると考えながらも、その法的根拠をどこに求め、どのように説明するかについては、統一的な見解は出ていないように思われます。
このように、死者に関する情報は「原則として法律の保護対象からのぞかれるから、自由に扱ってよい」と言えるものではありません。法律の世界にも「悩み」があるわけですから、まずは各法律が死者に関する利益をどのように扱っているのかを確認したうえで、寺院実務における取り扱いを考える必要があります。
他の法律上の取り扱いについて
他の法律では、死者がどのように扱われているでしょうか。
死者の名誉については、虚偽の事実を摘示した場合に限り、名誉毀損が成立すると刑法が定めています(注4)。死者に関する事実は歴史的批判の対象としての意味も含むので、真実である限りは処罰する必要はないからです。名誉毀損罪は親告罪であり、死者の親族又は子孫は告訴することができます(注5)。
プライバシー権は一身専属権と考えられており、譲渡されたり、相続されたりすることはなく、本人が亡くなれば消滅します。したがって、死者のプライバシー権は保護されません。ただし、死者である本人が生きていればプライバシー権の侵害や名誉毀損が認められるような場合、遺族の故人に対する「敬愛追慕の情」を侵害したという形で、民法上、遺族による損害賠償請求を認める裁判例はあります。
著作者人格権についても、一身専属の権利とされ、著作者の死亡により消滅しますが、著作権法は、著作者が亡くなった後も著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならないと定め(注6)、著作者の遺族は差止や名誉回復等の措置を求めることができます(注7)。
マイナンバーについては、「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」が、個人番号を対象としている規定(利用制限、安全管理措置等)において、死者であるかどうかを区別していないので、死者のマイナンバーも保護の対象となります。
相手の性的な画像や動画を本人の同意なく公開・拡散する行為(リベンジポルノなど)については、死者の画像等についても、「私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律」三条(罰則)の対象になると考えられています。そこで、死者の性的なプライバシーは、死亡後も保護されるといえます。
寺院実務における死者に関連する情報の取り扱いについて
以上のことを踏まえると、寺院実務においては、死者に関する情報も生存する檀信徒の個人情報と同じように厳格に管理し、情報漏えいが生じないように管理する必要があります。寺務の特殊性は、死者に関する情報と生存する遺族(檀信徒)に関する情報を一つの家(イエ)の情報として管理し、宗教活動において死者に関する情報も使用する点にあります。
具体的には、檀信徒名簿や過去帳において故人(死者)と施主(生者)との関係性が分かるように紐付けたうえで、各檀信徒に向けて、回忌法要その他仏教行事のご案内を差し上げるなどします。つまり、寺務においては、死者に関する情報の「いのち」は失われていないのです。
過去帳について
宗門では、精霊簿としての過去帳に不要な故人の死因や職業、古い時代の身分等を記載することを禁じています。これらの記載がいわゆる身元調査に使われ、部落差別を助長してきたことは、否定しがたい歴史的事実です。
部落差別とは、日本社会の歴史的発展の過程で形づくられた身分階層構造に基づく差別により、一部の人々が、経済的、社会的、文化的に低位の状態を強いられ、今でも結婚や就職を妨げられる等の日常生活上の差別を受けているという、日本社会固有の人権問題です。このことに寺務の特殊性を加味すると、過去帳に記載された死者に関する情報は、生存する子孫たる檀信徒の人権や秘密に関わるセンシティブ情報(7月号を参照)に該当すると言うことができます。
宗門は差別戒名や差別図書の問題に向き合い、様々な活動・対応を通じて再発防止に尽力しているところではありますが、人権問題は「他人任せ」で解決するものではありません。各寺院が、また僧侶一人一人が、部落差別の現存する日本社会を構成する一員として、差別を知った・気づいたときに、その都度「差別は許されない」と言い続けながら改善・解消に取り組まなければなりません。
その手法の一つとして、宗門では住職以外の過去帳等の閲覧禁止を原則としています。各寺院においては、過去帳等を寺院外に持ち出さないこと、過去帳等への記載を含めた管理一切を住職の責任において行うこと、第三者はもちろんのこと檀信徒からであっても、信仰目的外の開示請求に応じないという方針を徹底してください。檀信徒からの開示請求が信仰目的に基づくものであるか等、判断に迷われるときは宗務庁にご相談ください。この方針は、副住職や寺族代表にも周知してください。寺院関係者全員が共通認識を持ち、一丸となって情報管理に取り組まなければ、情報管理に関わる人権保護を実現することはできません。万が一情報が漏洩し、どなたかの権利を侵害するに至ったときは、漏えいした本人のほか、管理責任を負う住職にも、法的責任が生じる可能性は否定できません。
このように厳格に管理しなければならない理由は、差別戒名によって傷つけられてきた方々の子孫をさらに傷つけるようなことがあってはならないからです。持出厳禁・非開示は、決して歴史的事実の隠蔽ではなく、安易な開示による二次被害の防止を目的とするものです。
歴史の検証、家系図の作成、ルーツ探しなど、一見するともっともらしい理由を付けた開示請求に対しても、安易に応じないでください。これらのことは、過去帳を見なければできないことではありません。公共図書館の書籍や資料を用いたり、公簿類を取得したり、家族・親族に話を聞いたりするなどの代替手段があり、寺院が協力義務を負うものではありません。
お墓のごあんない
現在も、芸能人などを広告に使った調査会社があります。身元調査の目的を隠し、墓石に刻まれた戒名等から情報を得ようとあたかも親類縁者のように振る舞って「○○家のお墓のお参りに来た。場所が分からない」と寺務所を訪れるケースもあります。このような訪問への安易な対応は、二次被害を引き起こしかねません。
お墓の場所を知りたいと言われたときは、応接間にお通しする等して、お話をうかがった上で「昨今の社会的な事情から、ご家族ご親戚であることが確認できないと、お寺からご案内することはできません。墓地の使用者である○○家の方にご連絡ください」などとご説明し、訪問者の氏名や連絡先を確認するなどして慎重に対応してください。
虚偽情報と確証バイアス
身元調査とは、個人や企業の信用情報や、個人の素性や身上関係の情報を、様々な書類や聞き込みによって、収集・調査することです。対象となる情報は、本籍地・家系(血統)・家族構成及びその状況、居住環境・交際範囲等の本人の適性や能力とは関係のない事項や、素行や思想信条にかかわる事項など、差別の原因となり得るものです。さらにこれらの情報は、嘘・風評・予断・偏見が入り込む余地があります。
私たちは、目の前にある情報を真実であると思いがちです。これに「確証バイアス」が加わって、自分の信念や先入観を肯定する情報だけを選択的に受け入れ、それを否定する情報を軽視したり、都合よく解釈したりします。
このように、私たち一人一人は、本来的に、誤った情報に基づき偏った処理をしがちな生き物であり、そのことが差別や差別の助長を招きます。また、寺院側は「調べる側」(強者)に立ちがちですが、「調べられる側」(弱者)の立場を想像しなければなりません。もし、あなたについて、自分ではどうしようもない本籍や家系の情報や思想良心に関わる情報が収集され、それによって誰かから不当な評価や差別的取り扱いを受けたりしたら、どうしますか。「酷い!」と抗議するはずです。
人権学習は、自分も差別の対象となり人権を侵害されるかもしれないという恐ろしさに気づき、自分の問題として受け止めることが出発点です。今回は、過去帳の取り扱いを通じて、そのことに気づいていただければ幸いです。
不当な要求について
なお、さまざまな差別問題への取組等を装い、不要な物品の購入や用途が曖昧な寄付の請求等の不当な要求を受ける事例が起きています。そのような要求には応じる必要はありません。もし具体的な要求を受けたときは、その場での判断・対応は控え、速やかに警察( 全国暴力追放運動推進センター)、弁護士会、法務局や宗務庁へご相談ください(注8)。
注1:個人情報の保護に関する法律二条一項
注2:最判一小判平成三一年三月一八日
注3:東京高判決平成一一年八月二三日
注4:刑法第二三〇条第二項
注5:刑事訴訟法第二三三条第一項
注6:著作権法第六〇条
注7:著作権法第一一六条
注8:・警察(全国暴力追放運動推進センター。都道府県ごとの連絡先は同センターWebサイト https://www.zenboutsui.jp/center/index.html〕参照。)
・全国センター事務局 03-3868-0247
・弁護士会(日本弁護士連合会「ひまわりお悩み110番」 0570-783-110、発信地に近い弁護士会の法律相談センターにつながります。ネット予約なら24時間予約申込が可能)
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第3回は「寺院におけるハラスメント」を予定しています。
◆ポッドキャスト配信のお知らせ
人権擁護推進本部では、この度ポッドキャスト「わ わ わ」の配信を開始いたしました。「人権」について、宗教者と各分野の専門家の対話を通して考え、学んでいただく番組です。ぜひご聴取いただくとともに、檀信徒の皆さま方へもお薦めいただきますようお願いいたします。
◆「過去帳」等の取扱いについて
昨今、軽率な過去帳の取扱い事例がありました。過去帳・檀信徒名簿等の寺院記録につきましては、管理の再確認をお願いいたします。寺院に集まる情報は思想、信条に関わるもので、個人情報の中でも、特に慎重な取り扱いを求められています。代表役員として住職に責務がありますことを改めてご認識ください。
これらの記録情報については、原則として閲覧・開示・展示、転記・写真撮影・複写・持ち出しはできません。身元調査や目的外の家系図作成など、故人さまのお名前を不特定多数に公開するような協力は行わず、厳重な管理をあらためてお願いいたします。
人権擁護推進本部 記



