曹洞宗の多様性と包摂を考える(取材報告)

2023.02.10

今回、私たちが注目した目標は、目標2「飢餓をゼロに」である。仏教寺院を通じて「食」に関わる問題を解決していけるか考えていきたい。

フードロスとは?
昨今、フードロスという言葉をよく耳にするようになった。フードロスとは、まだ食べることができるのに食材が捨てられてしまうことだ。例えば、買いすぎて調理に使いきれずに捨てられてしまったり、賞味期限や消費期限が切れて捨てられてしまったりしてしまう食品のことである。このフードロスは、本当に食べ物が必要な人のもとに届かないというだけではなく、捨ててしまうことでごみも多くなり、環境汚染の点からも問題が指摘されている。このフードロスが、寺院において発生しやすい場面がお供え物だろう。住職だけでその御下がりのお供え物をいただくのは難しく、時には食べきれずに処分されてしまうことがある。そんなお供え物のフードロスに注目した。

支援活動の限界を超えて
今回お話を聞かせていただいたのは、栃木県宇都宮市雀の宮にある正光寺(天台宗)住職西村慈祐さん。西村さんは、お寺を地域のコミュニティスペースとして積極的に開放し、子どもたちが安心して遊ぶことができる環境を提供したり、坐禅会や写経会を開催したりするなど、とても活動的な方である。そんな西村さんが住職を務める正光寺では、法要時にお供えされる果物や菓子などのお供え物の一部がフードロスとなってしまう現状に問題意識を持ち、『お供え物セット「えこう」』(以下、えこうセット)という取り組みを行っている。

えこうセットは、通常、法事等で供えられる果物や菓子を日持ちのするレトルト食品や缶詰などに置き換えて、法要後に、そのお供え物を地域のフードバンクに寄付する取り組みである。西村さんがどのような経緯でこの取り組みを始めるようになったのかお話を伺った。

西村さんが新しい支援活動の形を考え始める最初のきっかけは、東日本大震災だ。震災が起きた際、多くの寺院や僧侶が復興のために懸命に援助を行った。西村さんも現場に入った僧侶の一人だ。長く支援活動をしていると、被災者と支援者の間に温度差が生じ、「まだ行くの?」というような声が聞こえてくるほど、支援者の中で支援疲れのようなものが広がっているのを感じていた。それをきっかけに、あらゆる支援活動を無理なく継続して行える仕組みに転換できないだろうかと考えるようになったそうだ。

数年が経ち、新型コロナウィルスが流行し始めた。社会全体の活動が縮小を余儀なくされ、閉塞感に包まれていた時、いままで支援活動を行ってきたような団体が思うように活動できていない現状に問題意識を持つようになった。そして以前から交流のあったフードバンクうつのみやに対して、今何が一番困っているのか聞いてみた。すると「お米は飲食店からの寄付で足りている。不足しているのは、そのお米と一緒にいただくおかずになるものだ」と聞かされた。そこで、日持ちが良く簡単に主菜や副菜になる食品を寄付するために注目したのが、法事の際のお供え物だ。

正光寺では、ありがたいことに週末になると食べきれないほどのお供え物が上がる。これまでもフードバンクや青少年自立支援施設などにお裾分けとして寄付してきたが、忙しい時期・暑い時期には寄付する前に傷んでしまうし、傷む前に寄付しようとすると、忙しさで住職・寺族が参ってしまう。結果的に、お寺でフードロスが生じていたことが大きな悩みだった。考え抜いた末に、このお供え物を果物や菓子ではなく寄付したい食品に置き換えてお供えできれば、無理なく継続的に支援できるのではないかと思いついたのである。

回向を唱えるだけではなく行動に
えこうセットの優れている点は、過度な負担を誰にもかけていないという点だ。通常、支援は支援者と被支援者の二者間で行われることが多い。地域の課題を解決するため、支援者であるNPO団体や社会福祉法人が人件費や支援物資の調達、被支援者の調査など、本当に多くの負担を負うことになる。しかし、えこうセットの場合、物資調達の資金は法事の施主がお供物購入金として負担し、フードバンクを行う団体がニーズを調査して、必要となる食品を寺院に伝える。寺院はニーズに従ってその食品を地元の商店から購入し、法要が終わったら仏様の御下がりとしてフードバンクに寄付する。食品は長期保存できるものを選んでいるので、頻繁にフードバンクへ食品を運ぶ必要がなく、輸送コストも下がる。結果的に、誰かが過度に負担を負うことがないのである。

フードバンクにとっては、不足していた食品の調達が可能となって生活困窮世帯に届けることができるし、寺院にとっては、お供え物のフードロスの問題を解消することができる。さらに法事の施主にとっても、これまで不透明に感じていたお供え物の行方が見えるようになり、しかも社会貢献になることで、法要に対しての満足度が高まる。誰にとっても負担になっていないため、支援疲れを感じることなく、無理なく継続的に支援することができる。まさに、『お供え物セット「えこう」』の名の通り、この取り組みのコンセプトは「回向」そのものであると感じられる。

回向とは読経をはじめとする善行の功徳を、世界中にめぐらし向けることであるが、考えてみれば、「回向」は多くの僧侶にとって読経の一部であり、具体的な行動を意味する言葉にはなっていないのではないだろうか。その「回向」が、本尊様ご先祖様へのお供え物を社会のためにめぐらし向けることにより、どんどんと可視化されていくという点がとても画期的であった。

ちなみに、えこうセットの「えこう」には、こだま・ひろがりを意味する「echo(エコー)」、環境に配慮した「eco(エコ)」という意味も込められているとのことである。

えこうセットへの疑問点
えこうセットに対して、私たちが疑問に感じたことを西村師にいくつか質問した。一つ目は「施主の抵抗感」である。一般的に、故人に対してのお供え物は、故人が生前好きだったものや故人にゆかりのあるものが選ばれる。しかし、えこうセットの場合、故人に全く関係ないものを供えることになる。また、お菓子などしかお供えしていなかった家族の場合、慣れないレトルト食品や缶詰がお供え物として上がることに抵抗感があるのではないかという疑問である。

西村さんの回答では、これまで聞いている限り施主からの否定的な意見は出ていないそうだ。嫌な見方をすれば、住職に直接的に批判する方が少ない可能性もあるだろう。だが、むしろ積極的にこの取り組みに賛同し、参加してくれている実感があるという。えこうセットを利用した施主からは、「今までは、何のためにお供えという行為を行うのかわからなかった上、お供え物のその後の行方が不透明であったのに対し、お供え物のその後が見えるようになり、自身のお供えという宗教行為が社会のためになっていると実感することができるようになった」といった意見もあり、法事をしてよかったという実感を強めているようだ。

二つ目は「生活困窮者支援として、レトルト食品や缶詰が本当に妥当なのか」という点である。支援団体へのよくある批判に、その団体が行っている支援方法への非難がある。例えば、フードバンクなどを行う団体へ「生活困窮者には食材より仕事を与えるべき」といった批判や、女性支援団体に対して「男女平等なのだから女性に特化した支援は不要」といった批判である。

意地の悪い質問をする私たちに対し、西村さんはあっけらかんと、「『食』でなければだめだと、こだわるつもりはないんです」と答えた。

上記二つの批判には、一理はあるように感じられるかもしれないが、今日食べるものがない状況が続くかぎり、食材を配る場所は必要であるだろうし、女性支援は女性の困難を解消するための支援事業であって、違う誰かへの支援を否定するものではない。大切なことは、人間の困難に対し多様な支援方法が社会に遍在していることだろう。西村さんの答えには、「えこう」の本質が表されていた。

えこうセットの本質
西村さんにとっては地域社会が抱える問題を解決するものならばお供えするものは何でもよいのだという。えこうセットはただの入れ物であって、地域社会が抱える問題を解決する善きものならばお供えするものは何でもよい。法要を行い、お供え物を上げることが、地域社会のためになっていくという仕組みこそが、「えこう」セットの本質なのである。

正光寺の場合、たまたまフードバンクの食品不足が地域の課題としてあり、レトルトの食品や缶詰を支援することが問題解決になっているだけだったのである。地域の声を聞き、地域の課題を解決する手段の一つが食品の寄付であれば食品を供え、玩具であれば玩具を供え、衣類であれば衣類を供えることが肝心なのだ。

そのため、西村師はえこうセットのことを地域とのコミュニケーションツールとも表現していた。

取材を終えて
今回は、「食」をテーマに、寺院におけるお供え物によるフードロスの問題について、栃木県宇都宮市雀の宮にある天台宗正光寺のえこうセットという取り組みをご紹介した。

えこうセットという取り組みはそれに関わる全ての者が笑顔になれるように工夫されていた。寺院にとってはお供え物の廃棄などフードロスの悩みから解放され、施主にとっては法要の満足度が向上し、フードバンクや生活困窮者にとっては支援が受けられる。近江商人が大切にしている「三方良し」のような関係となっている点が素晴らしい。

取材を終えた帰り道、自然と私たちは仏教の「回向」という教えの可能性について話していた。「回向」は、どの地域のどんな課題でも解決の方向に進ませる力を秘めている。そしてSDGsの17のゴールの内、目標2「飢餓をゼロに」の実現はもちろん、目標1「貧困をなくそう」や目標3「すべての人に健康と福祉を」の実現などの可能性も内包している。

えこうセットはSDGsの目標達成のみならず、仏教徒としても非常に優れた取り組みだと言えるのではないだろうか。是非、曹洞宗にも広げていきたいと思う。