【人権フォーラム】障害理解への学びと行動~ガイドヘルパー体験を通じて~


はじめに

本年度は教区人権学習会資料として、皆さまにポスター「みんなお寺に来てほしい」、ステッカー、解説小冊子『誰もが相談できる「いっしょに考えるお寺」を目指して』をお届けいたしました。資料の主旨である住職自らがポスターを掲示する意義や、そこに至る経緯などについては、本誌(2021年『曹洞宗報』)2月号「曹洞宗教区人権学習の振り返りと障害理解の学びと行動について」、3月号「2021年度人権啓発資料について~みんなお寺に来てほしい~」、4月号「2021年度教区人権学習会開催要項について」の中でお伝えしてまいりました。

人権擁護推進本部では各寺院で可能な合理的配慮や、それらの配慮を始めることで理解される社会的障壁をお伝えし、当事者の方々と共に自分ならば何ができ得るのか、具体的な行動をするための一助となる資料作成を目指してきました。

今回は実践した事例として、東京都龍澤寺副住職の関岡達也師から寄稿していただいたガイドヘルパー体験談をお伝えいたします。

はじめにガイドヘルパーについて昨年度教区人権学習資料作成委員の中村和利氏から解説いただきました。

 

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いろいろな人に知ってほしい「ガイドヘルパー」

NPO法人風雷社中 理事長 中村和利

「ガイドヘルパー」という言葉は、まだまだ一般化していない現状があります。正式には「移動介助従事者」といいます。単に「ヘルパー」というと、家事や入浴、排泄、食事介助などを思い浮かべる方が多いと思いますが、それらは「ホームヘルパー(訪問介護員)」の資格を持つ方が行う業務に分類されています。

もちろん、家の中での生活をアシストする(手伝う)ことは、とても大切なのですが、家から出て、街の中で過ごすことのアシストも、とても大切です。機能障害があり単独での外出に困難のある人の多くは、家族(主に親)が外出の為のアシストを担っています。

一般的に、年齢と共に家族から自立し、社会参加していくことは、当然に認められている権利です。むしろ、成長して自立するのは義務ともいえるかも知れません。しかし、重い機能障害がある人は、成長しても家族に守られる存在から自立することが難しい社会となっています。一人の人間として家族と対等となり、外の社会の一員となっていくために、ガイドヘルプも含めた多様なアシストを準備することが必要だと思っています。

また、無報酬で介助をするのではなく、ガイドヘルパーという「職業」としてアシストをする人の存在はとても重要です。家族や友人、ボランティアなどから善意のもとに一方的に力を借りるのではなく、仕事として対価を得ている人からサービスを提供されることが、障害のある人とアシストする人の対等性を確保します。そして機能障害へのアシストがサービス業として提供されるようになれば、家族や(善意ある)特定の人に依存した関係ではなく、サービスを使って社会参加をする自立した個人となることができます。

ガイドヘルパーという仕事は、障害のある人に1対1でサービス提供をするため、多くの人の存在が必要となります。障害者への介助というと、一人で多くの人数の障害のある人たちをケアする施設スタッフのように、様々な機能障害へ対応するための知識や経験が必要だと考えるかもしれませんが、ガイドヘルプは担当するその人への理解や信頼関係の構築が大切です。

ガイドヘルパーを実際に担っている方たちの中には副業や兼業として活動している方が多くいます。会社員や主婦、学生など様々な立場の方たちが担ってくれています。そのような人たちを増やしていくいくことが、障害のある人の社会参加を保障していくと共に、社会が障害のある人たちと共に街を作っていく土壌となっていきます。障害のある人がいない街から、いる街に変わり、障害のある人を知らない人から知っている人に変わっていくのです。

今回、ガイドヘルパー体験をしていただいた関岡さんには、知的障害のある青年が休日を過ごす際の移動をアシストしてもらいました。

まず、青年の自宅に担当ガイドヘルパーと一緒に迎えに行っていただき、徒歩でJR蒲田駅まで移動してもらいました。青年はバスも使えるのですが、健康増進の為に20分ほどかけて歩きます。その道すがら、好きなことを聞いたりコミュニケーションをされたりしていました。また担当のガイドヘルパーが安全面など気をつけて対応しているところも見ていただきました。昼食は駅前のファストフード店です。青年本人が注文をするアシストなどがあります。その後は駅のお店を色々と見てまわるのに付きあってもらいました。

休日に散歩し、ファストフード店で食事をとり、気になるショップを見てみる、みなさんが休日に普通に外出するのと同じような内容です。普通の日常の中で障害のある人が必要とするガイドヘルパーを体験していただきました。

 

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「ガイドヘルパー体験を通じて」

龍澤寺副住職 関岡達也

ガイドヘルパー体験(写真左 筆者)

今回、私はご縁をいただきまして、かねてより障害のある人への差別と向き合い、不当な状況の解消に取り組む活動をされている中村和利さんのご協力によりガイドヘルパーの体験をさせていただくことができました。

正直に申し上げますと、このお話をいただくまでは恥ずかしながらガイドヘルパーというもの自体あまり良く知らず、自分には特に関係のないものと心の片隅に思っておりました。事前に重度の知的障害のある成人男性のサポートとうかがっていました。私自身、過去に幼稚園において事務仕事に従事していたときに、障害のあるお子さんのサポートを何人かさせていただいたことはございましたが、成人の方のサポートというのはまったくの初体験です。小さい子どもであれば、抱きかかえてあげる事も可能ですが、成人の方はそうはいきません。果たしてどのようにサポートしていけばよいのか、自分に一体何ができるのか、一抹の不安を抱えておりました。

3月6日の朝に中村さんと待ち合わせ、男性のご自宅にお迎えにあがりました。ご自宅前でさらにお二人のベテランヘルパーの方々と合流し、先述した不安を感じつつも緊張の面持ちで男性を待っていました。数分後、家から出てきた男性は元気よく「おはようございます」と挨拶してくれました。玄関には沢山のミニカーが綺麗にディスプレイされているのが見えます。私は緊張を隠すため、また男性に不安を抱かせないため「本日ご一緒させていただきます関岡と申します。よろしくお願いしますね」と、きっと顔は強張っていたと思いますが出来る限り穏やかに自己紹介をすると、男性はしっかりと「はい」と答えてくれました。その返事をもらい、ようやく少し緊張がほぐれたような気がします。

その日の予定は自宅からお気に入りのファストフード店のある駅までの散歩です。私はとにかくまずはコミュニケーションをとらなければならないと思い、できるだけそばにいながら話しかけました。歩きながら、男性は自分の好きなことや趣味について色々と教えてくれました。特に車についての知識がすごく、その場にいた誰も知らない車種なども教えてくれる程でした。

また、仕事をしている人を尊敬しているそうで、制服姿の人を見るたびに皆さんに必ずおはようございますと挨拶をする姿を拝見し、改めて何か学ばされる思いでした。サポートをしているからといってどちらが上などというものではなく、人と人の繋がりなのだと強く感じました。

男性は足取りもしっかりしており、駅までの道も自分でわかっていて、私がしたサポートというのは本当に周りの車や障害物などに気をつける程度です。私は自分が恥ずかしくなりました。あまり役に立てなかったからという訳ではありません。重度の知的障害と聞き、自分で勝手にすべてのことをこちらで助けてあげなくてはならない、そう思い込んでいた浅はかさが、です。

障害があるからといって何もできないということでは決してない。そもそもそのように過度に考えてしまっていた事自体が差別なのかもしれない。大切なのは、その人と向き合って、その人が生活していくことができるよう正しくケアしていくこと。

道中で中村さんはおっしゃいました。

「私たちはあくまでガイドなのです。」

その言葉の意味が、体験してみてはっきりとわかりました。

2時間程度というほんの短い時間でしたが、私にとっては非常に意味のある体験でした。短時間であったにも関わらず、どっと疲れが押し寄せました。しかし普段からお手伝いしているガイドヘルパーの方々、そしてご両親にとっては日常なのです。また、ご自身の体が動かなくなった後のご両親の心配を思いました。その家庭だけで抱え込むのではなく、社会全体で一人一人が意識し、助け合える世の中に、ご両親が安心できる社会にしていかなければならないと感じました。

身近に障害のある人がおらず、普通に生活をしていたら何もわからなかったかもしれません。実際に関わってみてこそ、初めて気付くこと、これから社会をよりよくするために自分が僧侶として何をしていくべきなのかを考えることができたと思います。他人事と考えることはできません。

私には叔父がおりました。生まれたときにはすでに亡くなっており、お会いしたことはないのですが、昔の障害者学校で教師をされていたそうです。

数年前、一本の電話がお寺にかかってきました。

「昔、障害者学校でお世話になったものです。先生は今もお元気でらっしゃいますでしょうか?」

また実際に訪ねて来られた方もいらっしゃいました。数十年前に亡くなっていることをお伝えすると大変残念がっておりました。一目お会いしてお礼を言いたかったと。私は叔父を誇らしく思いました。

禅語に「曹源一滴水そうげんのいってきすい」という言葉がございます。たった一滴の水でも無駄にせず、木の根元に注げば木々にうるおいを与える。また、その一滴の水がやがては大きな川となる源泉になるかもしれない。思いも同じです。

障害者差別解消法も施行され、昔の日本に比べると障害者の方も暮らしやすくなっていくのかもしれません。それは一滴の水が少しずつ大きくなっていくように、先人方の努力が積み重なったお陰だと思います。悲しいことに世界はすぐに変わることはありません。しかし、思いを紡いでいけばきっとよりよくなっていくはずです。

今年はまだコロナ禍でどうなるかわかりませんが、パラリンピックもこの日本で行われます。どんなきっかけであっても目を向けていくことから始まります。きっとそこから気づく事があるはずです。

 

おわりに

今回、関岡師が体験された、ガイドヘルプ=移動支援(障害者総合支援法地域支援事業)は、近年、障害のある人の社会参加を推進していくために全国の自治体で整備・実施されています。

ガイドヘルプは全国一律の制度ではなく、各自治体に実施のあり方が委ねられており、障害のある人を取り囲む環境は地域によって大きく違いがあり、地域の特性に応じた実施が求められている事業でもあります。多くの場合、移動に困難のある知的障害、全身性身体障害、精神障害、発達障害のある方(成人、児童)が対象とされています。

ガイドヘルプの実施は各地域の障害福祉サービスに取り組む居宅介護事業所等が担っています。ガイドヘルプの基本的な設定はガイドヘルパーと障害のある人が一対一となり、徒歩や一般交通機関を使い一緒に外出し、移動に伴い必要とされるケア(身体的な介助だけではなく、コミュニケーションや誘導、安全管理、金銭管理等含む)を行い、社会参加や余暇などに必要となるアシストをします。地域によっては複数人を1人のガイドへルパーが引率する形のグループ外出や一部車両を使ったものもあります。

ガイドヘルパーは基本的に一対一で実施する特性から、全国的に人材不足が課題となっています。特にニーズの多い都市部では深刻です。人材不足は「外出に困難のある」障害がある人の人権保障に関わる大きな課題となっています。原因は様々ありますが、ガイドヘルプと言う仕事自体の知名度の低さが大きな要因としてあげられます。

日々の暮らしや社会参加に寄り添うガイドヘルパーに従事するための資格要件は、自治体によって異なりますが、都道府県指定の移動支援従業者養成研修(2日~3日間)の受講を要件としている場合が多く、無資格、未経験の方も短期間の研修を受け、取り組むことが可能な仕事です。中村和利氏が述べられているように、専業で取り組むだけでなく、兼業副業として一般の方が支えている福祉サービスでもあります。

学習での学びを深めていただくことはもちろんなのですが、障害の理解とその解消をさらに進めていくためには、皆様一人ひとりの取り組みが必要不可欠です。一人ひとりの声と行動は「誰一人取り残さない」社会の実現につながり、関岡師が述べられた「曹源一滴水」のように、誰もが暮らしやすい社会を作っていく大きな力になると信じています。

今回のような実際の取り組みを行った実践例はもちろんのこと、各寺院や日常の様々な場面で、このような配慮や工夫ができた、という報告を人権擁護推進本部までお寄せいただければ幸いです。皆さまの取り組みが次の方の一歩につながっていくとすれば、それに勝る喜びはありません。

人権擁護推進本部記

 

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