【シャンティ国際ボランティア会(SVA)だより】プチュム・ベン祭―カンボジアのお盆―

カンボジアは国民の9割以上が上座部仏教徒であり、そのため仏教は単なる宗教にとどまらず、人々の価値観や社会秩序、生活の隅々にまで深く根付いています。そして、寺院は宗教施設であると同時に、地域社会の中心的存在です。信仰の場であると同時に、教育や相談、祭礼の拠点として機能し、僧侶は人々の精神的支えであり、人々を導く存在です。また、冠婚葬祭や年中行事の多くが仏教儀礼と結びついており、カンボジアの人々の生活は仏教的価値観、時間感覚の中で営まれているといえるでしょう。
仏教の主要な年中行事として、2月の「万仏節」(Meak Bochea)―釈尊が入滅の3ヵ月前に期せずして集まった1250人の弟子に竹林精舎で戒律を説き、具足戒を与えた奇跡を記念したもの。5月の「仏誕節」(Visak Bochea)―釈尊の誕生・成道・入滅を記念する仏教の中で最も重要な行事。7月から10月の「雨安居」(Vassa)があり、雨安居の開始を祝う「入安居祭」、終了を祝う「出安居祭」があります。
このほか仏教文化行事として、4月中旬の「カンボジア正月」(ChaulChanam Thmey)―仏暦の新年にあたり、最も盛大な祭りです。人々はお寺に詣で、僧侶に布施を行い、家や仏像に清めの水をかけます。
太陰暦の10月の満月から15日間にわたって行われるプチュム・ベン(Pchum Ben)祭は、カンボジアの仏教徒にとって一年で最も重要な行事の一つです。日本のお盆に相当する先祖供養の宗教的なお祭りで、特に最後の3日間は国民の祝日と定められています。この期間に多くの人々が都会から故郷へ帰り、家族とともに先祖の霊を供養します。人々は、僧侶へ供養することで地獄で苦しむ霊や飢えた霊に食べ物を届け、その功徳が先祖や家族に及ぶと信じています。単に死者を弔うためだけの儀式ではなく、生者が善行を積み、心の浄化を図る宗教的な行為として位置づけられています。
プチュム・ベン祭の期間中、人々は早朝から寺院を訪れ、僧侶に供物や食事を捧げます。僧侶はその布施を受けて読経を行い、功徳が亡き人々に届くよう祈ります。また、人々は先祖の霊がどのお寺に現れるかわからないと考えて、7つ以上の寺院を巡るのが良いと言われています。これによってより多くの功徳を積み、先祖の霊と再会できると信じられています。
もう一つ特徴的な儀式が「ボッ・バーイ・ベン」と呼ばれる餅米投げです。夜明け前、信者たちは寺院の周囲を歩きながら餅米を丸めて投げます。これは、地獄で飢えに苦しむ先祖だけでなく、そのほかの霊にも食べ物を届ける象徴的な行為であり、慈悲と信仰の心を表しています。
この時期、都会で働く人々も休暇を取り、故郷に戻って家族や親戚と共に過ごします。先祖の思い出を語り合い、共に食事を囲むことで家族の絆を確かめます。お寺の境内は供養の人々であふれ、屋台が並び、村全体が祭りのような雰囲気に包まれます。プチュム・ベン祭は、仏教の信仰と家族愛が融合した、カンボジア社会の根底にある価値観を映し出す行事です。
さらに、この祭りは社会全体の連帯を強める役割も果たしています。お寺は地域共同体の中心として機能し、僧侶と信者が一体となって祈りを捧げる姿は、世代を超えて受け継がれる仏教の力を象徴しています。プチュム・ベン祭は、過去と現在、先祖と子孫をつなぐ精神的な架け橋であり、人々に感謝と慈悲の心を呼び起こす貴重な機会です。このようにプチュム・ベン祭は、単なる年中行事にとどまらず、カンボジアの文化と仏教信仰の核心をなすお祭りです。先祖を敬い、他者を思いやるという仏教的価値観が、人々の日常生活の中に息づいていることを実感させる、カンボジアの人々にとって非常に重要な欠くことのできない宗教文化的な最大の年中行事です。
現代社会の中で人々の生活様式が変化しても、プチュム・ベン祭の精神は失われることなく、今なおカンボジアの人々の心に深く根付いています。
カンボジア宗教省仏教研究所顧問・シャンティ国際ボランティア会専門アドバイザー 手束耕治
シャンティ国際ボランティア会
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